Aサインバー:詩集
著者:長嶺幸子

ISBN978-4-916139-39-9 COO92
発行所:詩遊社
装幀:上田寛子

帯より

そのおばあさんと大人たちは、
「カマルーあんまぁ」と呼んでいた。

小さな茅葺きの家にすんでいた。
広い庭には、大きな栴檀の木や雑木の葉が繁茂して、
夏になると蝉が沢山鳴いていた。
私たちはその庭でよく蝉とりをしたり、
カンジュ―(木登りトカゲ)を捕って遊んだ。

カマルーあんまぁは、縁側で村営の親子ラジオを聴きながら、
いつもぼんやりと座っていた。
片方の目はつぶれていて、かわいそうだと私は思っていた。
ときどき、みんなに黒飴(クルアミ)をくれた。

米兵相手のAサインバーの並ぶコザの町を、
友の母を二人で探し歩いて、叱られた中学生の長嶺幸子。

Aサインバーは戦後、軍政下で沖縄の象徴のひとつである。
12歳で、父を亡くした長嶺幸子は、6人きょうだいの長女として
母を助け、幼い妹や弟の面倒をみる。
母は、昼は畑仕事、夜はAサインバーに行って、
米兵に虎柄の皮ジャンや絹のネッカチーフ、チューインガムなどを売る。

ヤッタァガ ウクトゥドゥ/頑張ラリンドー/(しあわ)シドォ
(お前たちがいるから頑張れるよ、幸せだよ)
というのが、母の口癖だった。

愛情に満ちた家族のきずな。
旧正月の若水(ワカミジ)の儀式。父との思い出。
美しい沖縄の言葉が、時々、産土(うぶすな)のためいき
のように立ち上がる。

長嶺幸子を育てたのは温かい人情味あふれる人々が助け合う、
共同井戸(ムラガー)を中心に広がる豊かな
沖縄の風土である。(冨上芳秀)



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